このブログでも何度も書いているが、私は飲酒運転の厳罰化については、少なくとも5点の疑問点をもっている。
一つは、今の基準が厳しすぎないかということで、外国と比べて基準が厳しすぎるので、二日酔いの人でも翌朝に検問にひっかかって、莫大な罰金をとられたり、懲戒免職になったりしている。しかし、今の基準値では、個人差はあるが、むしろ覚醒状態が上がるレベルであること。
二つ目は、本当に厳罰化の効果があるのかということ。つまり、飲酒運転が減っても、かえって夜間飛ばす車が増えて、結果的に事故が増えるのなら何にもならないということである。私が調べた限りでは、飲酒運転を取り締まることで、夜間死亡事故の割合が減るはずなのに、むしろ増えているのである。
三つ目は、それに関連して、飲酒だけを取り締まっていいのかということがある。死亡事故に関しては、スピード違反のほうが今や飲酒の10倍もあるし、携帯電話操作中の注意力低下は飲酒と同じレベルかそれ以上だ。それなのに、飲酒だけが厳罰化されるのは、どういうことなのかということだ。確かに、スピードや携帯運転の取り締まりは東京のマスコミの人が困るが、飲酒運転の取締りで一番堪えるのは、交通機関がなく、またタクシー代を払うに十分な収入のない地方だという問題はある。
四つ目は、飲酒というのは、運転に限らず、いろいろな面で危ない。たとえば、痴漢だって、暴行だって、飲酒をしている人が多い。禁酒法にしたり、飲酒で電車に乗るのは禁止しないのに、運転だけをことさらに問題にする以上は、飲酒している人のうち事故を起こしている人の割合がどのくらいいるのかもきちんとしたデータがほしいし、飲酒で暴行をした人とか痴漢をした人と同じように飲酒そのものを問題にするのではなく、結果責任ではなぜいけないのかという問題がある。
そして、いちばん大事に思っていることは五つ目で、なぜ飲酒運転の取締りを全国一律にしないといけないのかということだ。
アメリカであれば(今はどうかわからないが)ニューヨークで飲酒運転が見つかれば、車は没収される。カリフォルニアなどでは地域によっては免許を没収される。しかし、同じカリフォルニアでもワインの故郷のナパバレーでは飲酒の取締りが行われた話は聞いたことはないし、ワインのテイスティングでベロベロになりながら東京都ほどの広さの場所で、次から次へとワイナリーを動く。
飲酒の取り締まりについては、地方によって差があって当たり前だ。夜中に人が歩いていないところと、いくらでも歩いているところで取締りが違って当たり前だし、帰りの交通機関がろくにないところだと、たとえばどの程度までなら許すという基準だって違っていい。また、県民性やお酒がコミュニケーションにどの程度役立っているのか、地元の飲食業にどのくらいの影響を与えるのかも考えてもいいだろう。
そうでないと、地元の飲食店は、観光客にしか酒が出せなくなってしまう。これでは、ますます東京の植民地だ。地元の人間にとってはタクシー代は相当の出費だからこれまでの半分とか3分の1に飲み会を減らさないといけないし、大勢で飲む場合は、コミュニケーションやメンタルヘルスにはいい影響があるが、一人で飲んでいると、うつやアルコール依存になりやすい。
お祭りで人が死んでも、やめるかやめないかは、地元が決めるように、飲酒運転の取締りだって、地方によって違ってよいはずだ。